ブラブロ

はい、ブラザーです。

【ブラブロ現代社会】新型コロナから考える、転職活動の今

 

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ここ最近、ブラブロのアクセス数が増加しています。本当にありがたいことです。仕事が少し忙しい状況だったために、国家安全法の記事から半月近く投稿しておりませんしたが、1日平均60件近くのアクセスがございました。(半年前は20-30件くらい)

 

アクセスの背景は、”転職”のワードに紐づいた内容に対するアクセスが多かったことです。私は1年半前くらいに3年半務めた会社を辞め、現在の会社へと転職をしております。そちらに関しては、下記のようにまとめております。

kinoko1629.hatenablog.com

 

緊急事態宣言の間に、転職に対する求人倍率は減少したそうです。その理由は、コロナによる世界経済へ与えたダメージ、そして各社の業績悪化によるものと考えられます。人件費に当てる費用の余裕もないのは考えられることだと思います。そんな転職者に取って苦しい時期なのに、なぜ”転職”に関してのアクセスが増えているのか。。。。

 

上記のような点を踏まえて考えられる「新型コロナと転職」そして、コロナから見えてきたこれからの転職に関して書きたいと思います。(筆者は転職する気は今の所ありません笑)

 

 

あなたの会社は、在宅勤務に対応できた?

全国でた緊急事態宣言。今年の流行語にも選ばれる可能性が高い「テレワーク(在宅勤務)」。このキーワードと共に”働き方改革”が大きく進歩しました。これまで出社するのが当たり前だったのが、「案外自宅でも出来るじゃん」という感覚を持たれた方も多いと思います。ところが、いざ在宅勤務となった際、会社の対応によって「この会社大丈夫なのか・・・」と思った人も少なくないのではないでしょうか。業種によってはどうしても在宅での作業が厳しいものがあるのはわかります。しかし、周囲は在宅でやっているのに、自分の会社は出社しないといけないという周りとの違いに差を感じ、転職を意識するきっかけとなることが、おそらくこの外出自粛期間中にもあったと思います。

 

また、在宅勤務ができたとして、”出社があたり前”だった会社に取って起こりうることは「業務をどう管理していくか」ということ。慣れない40代〜50代の上司・役員たちが起こしてしまったことに、テレワークにおけるパワハラやセクハラ=テレハラ(テレワークハラスメント)が挙げられます。(ニュースとかでも話題になりましたよね)

例えば、いつもなら仕事終わりに飲み会が当たり前だったが、なかなかできなかったのでテレワークで社員との交流を図るためにリモート飲み会をする企業もあったと思います。その中で「OOちゃん、部屋を見せてよ」などという、発言をする本人にとっては冗談やコミュニケーションのつもりでも、世間的にはセクハラに当たるようなことをやってしまう上司たち。業務中には、サボっている社員がいないかを監視するために、カメラを常にONにするように指示したり、小まめに状況を報告する無駄作業を増やすといった行動に走る会社もあったのではないかと思います。

 

そして、緊急事態宣言が解除すると”出社しなさい”という通知を出す。「なんで、家で出来てたのにわざわざ出社しなきゃいけないの?」という声を結構聞きます。このような世間(自分自身の周囲)と自身が所属している会社とのギャップから「もっといい会社があるのではないか」と思う人が増えてきていると考えます。ただ、ここに関してさらに追い討ちをかけるのは賃金の低下です。世間的に経済情勢が低下している中で仕方がありませんが、やはりここまで不安な状況に、給料が少ないという点も加われば転職を考えるのもおかしくはありません。

 

求人倍率が減っているため、一見転職者も減っていると思われがちですが、”タイミング”の問題であって、経済が安定的になる状況で動き出す人は多いと思います。そのきっかけは「テレワークが出来たか」、「テレハラがあったか」、「テレワークで出来るのに出社を義務と考えていないか」という点が挙げられます。

 

これからの転職活動

転職者だけでなく、新卒に対する就活も注目されました。対面での面接が出来ない中で、Webシステムを活用したオンライン面接を行う企業が出てきたからです。私も、田舎から都内に出てきましたが、田舎の就活生にとっては就活のために夜行バスを活用して移動し、複数の会社の説明会や面接を行なって帰るといった就活を行なっていました。しかし、それがオンラインで可能ということであれば、移動時間などで参加できなかった企業説明会や、日程の都合で厳しかった面接も行うことが出来るということで、幅も広がったのではないかと思います。

 

転職者にとっても一緒です。業後に面接へと向かうために、会社の仕事を早く終わらせる必要があったのが、在宅であれば移動時間を気にしなくていいのですから。オンライン面接のメリットであると考えられます。このようなサービスを行う会社も出てきていますね。

interview-maker.jp

 

これからの業種

DODAに記載されている転職企業ランキングの上位はここ10年であまり変化がありませんでした。しかし、51位以降の企業は以前名前がなかった企業も挙げられてきています。さらに注目は、2010年に上位にいた複数の企業が、2020年のランキングでは大幅にランクダウンしていることもあります。このランキングは6月に発表されていますが、約半年近く転職活動がかかると考えれば、新型コロナウイルスによる自粛期間を超えたこれからの転職ランキングは大きく変わるのではないかと考えられます。

 

私もそうですが、ここ最近の動向として多いのは業種を超えた転職「越境転職」が増えてきているということです。

at-jinji.jp

職種は一緒だが業種を別にするという転職は、今の時代はおかしくはありません。未経験の募集も実際に増えていると思います。そんな中で、これから注目される業種は何か。ポイントとなるは”2030年”と考えます。AIや5Gがこれからは当たり前になってくるために、各企業がシステムの見直しやRPAに向けた投資などを考えています。私は普段の仕事で、1000社近くのお客様を担当しておりますが、お話を聞いていく中で成長する企業と、残念ながら将来的に苦しい状況になる可能性が考えられる企業の差は、この将来を見据えた投資をどこまで出来るのかにかかっていると思います。

winactor.com

 

業種としては、自動車産業やIT、医療関係は非常に強いです。自動車産業が強い理由は、PRAに対する投資が熱く、生産性を増やして業績を挙げる動きをとっていること。やはり日本は自動車産業は根強さがあるために非常に強いですね。ITは、ハードウェアの販売よりもクラウドを活用したオンラインサービスが強いです。ソフトウェアは、なかなか苦しい状況に立たされると思います。今、クラウドサービスが当たり前になってきているからです。ただし、クラウドサービスと言ってもピンキリであり、独自開発のサービスは、よほどメリットがなければ売れません。SalesforceやSmartHRといった大手に取られてしまいます。

 

これから人材を減少させていくのは、業種に注目するのではなく、職種に目を向ける必要があります。以前のAIの記事にも記載した「読解を必要としない職種」は、ビッグデータを活用してAIに任せる動きがあると考えられます。事務や銀行員、運転手などがよく言われています。営業はどうかというと、私の予想としては営業が減ることはなかなかないと思います。確かに、お客様が欲しいものを選択できるようなサービスであれば営業は必要ありません。そういったサービスを提供する営業は人材を削減していくと思います。ただ、人の感情を読み取ることはAIには厳しいため(ビッグデータとしてもここまでは出来ないと思う)、付加価値をつけられる営業は減ることがないと思います。

 

 

新型コロナウイルスを通して、転職環境は大きく変わってくると思います。一つの会社に属し続けるという終身雇用の考え方はすでに崩壊をしてきています。もちろん定年まで一つの会社で働くことも一つの道です。ただ、大事なのは”市場”に目を向けることだと思います。新型コロナで多くの企業が倒産しました。今回のような大きな出来事を通して感じたのは「企業の生き残り」です。この期間に生産性・業績を高めた会社もありましたよね。2025年の崖という話題を以前しましたが、私はこれが2025年ではなくすでに早まっていると考えています。この記事が何かしらの参考となれば嬉しく思います。

 

それではまた!

 

参考:

doda.jp

at-jinji.jp

www.sbbit.jp

ブラブロ現代社会 国家安全法がわかりにくいから勉強してみた

 

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どうも、ブラザーです。

 

国際ニュースって今まであまり見てきませんでした。

 

以前、全人代について記事を書きましたが、

先日、その議会が開催されました。

 

そして、「国家安全法が採決された!」と

話題になっているものの、「なにそれ?」って

正直思う人も多いと思います。

 

 

この、国家安全法については、ニュースを見ても正直よくわかりません。ただ、中国と台湾、香港の歴史を見た上で、今のニュースを結びつけるとわかりやすくなってきます。

 

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まずは、下記のニュース映像をご覧ください。


中国全人代が閉幕

 

 

全人代は何をするところか

Wikiペディアを見てみよう

全国人民代表大会(ぜんこくじんみんだいひょうたいかい、中国語全国人民代表大会拼音Quánguó Rénmín Dàibiǎo Dàhuì)は、中華人民共和国立法府。国家の最高権力機関および立法機関として位置づけられる一院制議会である。

日本では略称を全人代と表記する場合が多い[1][2]。中国では全国人大人大と略される

一院制議会がわかりにくい・・・

一院制(いちいんせい)とは、議会がただ1つの議院によって構成される制度

 

つまり、全人代はルール(法律)を決めることができる。そのための重大な会議であり、会議では一つの議院によって構成されるということですね。ここでいう議院は”共産党”のことです。その共産党の代表且つ国家の代表者は習近平国家主席ですね。

 

ここまでは以前のブログでも記載をしました。さて、この会議で決まったルールの一つ

「国家安全法」のポイントについて先ほどのニュース映像に注目してみましょう。

 

 

国家安全法の着目ポイント

●決まりごと

・国家の安全に危害を与えることは禁止

中央政府が香港に出先機関を設置することが可能

●影響

・香港の言論の自由がなくなる

一国二制度の崩壊につながる

 

国に対して危ない行動(反政治運動)は禁止で、共産党の人が香港で監視もできるようにする。ということですね。ここで、なぜ下のような影響になるのか・・・これは、歴史を見ていかないとわかりにくいです。そして一国二制度という言葉も注目していきます。

 

中国・台湾・香港の関係は歴史を見るとわかる

共産党と国民党

もともと中国はという大きな国でした。国民党で成り立っていましたが、

そこに小さく共産党の派閥がありました。ここで、共産党で成り立つ中華人民共和国

国民党で成り立つ中華民国で争いが起きます。共産党の中心人物は毛沢東、国民党は蒋介石でした。

 

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共産党は、国民党に打ち勝つことができ、国民党が流れついたのが、今の台湾でした

つまり追い出すことに成功したわけです。もとは一つの国でしたが、こうして2つに分断をされてしまったというわけですね。

 

蒋介石と台湾

もともと台湾は、第二次世界大戦中は日本が統治してました。台湾の人が日本人に対して優しいのは、台湾のインフラ整備を一生懸命行なった経緯があります。台湾は5年間の紛争によりボロボロでした。そこで、紛争が終わって落ち着いたところで他の国に日本の力を見せつけるべく、インフラ整備を一生懸命やったことで、台湾はめっちゃいい国になりました。

 

ただ、お隣中国は水道すら通ってないボロボロ状況。そこから蒋介石が追い出されてきたんですが、日本がめちゃくちゃよくした台湾の状況を必死に奪い取ろうとしました。

もともといた台湾人は怒りましたそこで暴動を起こしました。蒋介石率いる国民党と、元からいた台湾人との争いを「二・二八事件」と言います。

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台湾の代表を決める

蒋介石には任せられない!という不満からもともと台湾にいた人を代表にするために

李登輝が選任されました。李登輝「国民党」と「民進党の2つの政党に分けました。代表の決め方は、直接選挙という形で一般市民でも投票ができる民主的な考え方でした。ただ、国民党にとっては追い出されたこともありいつかは中国に戻りたいという気持ちがある。一方民進党は、蒋介石によってせっかくいい国だったのにボコされたという辛い過去があるから中国嫌い!というギクシャクした関係性にあります。

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民進党から出馬した蔡英文の当選

最近、台湾関連のニュースで取り上げられるのが蔡英文総統に関する話題です。

WHOに加盟させないとか、一国二制度とか・・・このニュースを見てください。


台湾 蔡英文総統が再選「民主の声」史上最多得票(20/01/12)

 

上記に述べたように、民進党は中国が嫌いです。その民進党から、台湾を代表する人物

蔡英文(さいえいぶん)が登場しました。蔡英文氏は「中国の武力には負けないぞ!」と発言をしています。すごく強気ですよね。ただ、中国は台湾も一緒の国として引っ張ろうとしています。

一国二制度とは何か

ここでよくニュースで目にする

一国二制度とは何かWikiで見ましょう

一国二制度は、中華人民共和国政治制度において、本土領域(中国政府が対香港マカオ関係で自称する際は「内地」)から分離した領域を設置し、主権国家の枠組みの中において一定の自治や国際参加を可能とする構想である

 中国の政治の中には、共産党が掲げる「社会主義」と、香港・マカオ・台湾が掲げるそれぞれの主義の2つに分けられる考え方があります。ここについては、香港の説明の際に記載をしていきます。ですが、台湾からしたら嫌ですよねー。中国側の視点からは、台湾は中国の一つであるという認識で、台湾から見れば我々は一つの国であるという対立から、蔡英文総統は一国二制度を否定しているというわけです。

 

 

 

なんで台湾って国なのに、中国と一緒やねん!

ってことです。

 

 

 

なぜデモは起きたのか!歴史から紐解く

アヘン戦争で奪われた香港

今から120年前の1840年に遡ります。当時、中国はイギリスと貿易を行い、茶器などを輸出していました。しかし、ここで貿易摩擦が発生していきます。つまり、中国にばっかり物を買わされていたので、イギリスも何か中国に対抗できる品物を送ろうとしたわけですね。そこで出てきたのがアヘンです。このアヘンを中国にバンバン売ってました。麻薬のアヘンはめっちゃ売れましたが、今度は中国側が買わされ続けたので、対抗してアヘンを燃やしました。イギリスからしたら「おいおい!何してくれとんじゃ」という感じになりますよね。ここで起こったのがアヘン戦争です。

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産業革命でウハウハだったイギリスにとって、中国をボコボコにするのは楽勝でした。

この戦争で、中国は今の香港をイギリスの領地とされてしまいます。香港は一度第二次世界大戦で日本の領土になりますが、日本が敗退した後はまたイギリス領として戻されます。1997年の香港返還まではイギリスの土地だったわけです。先にも述べたように、産業革命でウハウハだったので、香港ではイギリスの恩恵もあり街がどんどん栄えていきました。

 

しかし、いざ香港返還になると、

 

 

えー今更中国にもどるのー

 

 

と不満を訴える国民が多かったわけです。

せっかく潤っていたのに、共産党の監視が激しい

中国に戻されるのが不満だったんでしょう。

 

戻ってきて欲しいから「香港基本法」を掲げる

そこで、当時国をまとめていた最高指導者である鄧小平が掲げたのが”一国二制度”でした。「香港基本法」を掲げ、政治や言論の自由は奪わないから、

 

「とりあえず50年我慢してねー」

 

としたものです。しかし、香港のトップにいざ誰がなるかとなった時に、とりあえず共産党が代表をひとまず決めて香港におきました。(なんか怪しい)

 

 

 

ここで自由の保護に対する考えが怪しくなってきます。次のトップを決めるという時に、国民への選挙権は与えられましたが、立候補者は共産党が決めるという謎の決まりを設けました。

 

「はい!君と君ねー」

「じゃぁ、この中から選んでくださーい」

 

 

当然、共産党の息がかかった人間が選出され、香港の人々はその中から代表を選ばざる得なくなります。どんだけめちゃくちゃなんだって話ですよね。このことに対する抗議デモが起こったのが「雨傘運動」です。雨傘という名前になったのは、デモ隊を鎮圧するために警官隊が催涙スプレーをかけていたので、それを防ぐために傘をさしたことから、その光景を元に名付けられました。

 

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本屋の店員が街から消える!?

さらに香港に追い討ちをかけたのが2015年の書店員失踪です。香港では、政治家の汚職や反政治活動を取り上げた出版物を扱うことはOKでした。あの有名な天安門事件に関する話題の出版物も含まれます。しかし、相次いで本屋の店員が行方不明になる謎の事件が起こりました。その1年後、行方不明だった店員が戻ってくると静かに本屋を畳んだそうです。


香港の書店で相次ぐ失踪 中国政府の汚職や色恋を出版

行方不明だった書店員が明かしたのは恐ろしい事実でした。それは中国共産党によって拉致をされ、拘束され続けたというものでした。さらに、顧客リストなどを提出するよう求められ、あらゆる恐怖に耐えきれなくなり本屋を閉じたということでした。

 

このことから、もはや一国二制度は成り立っていない!と考えた香港の人々がさらに共産党への不満を募らせ、中国に対する抗議が過熱化していきました。そして、ついに2019年から始まるデモのきっかけとなる出来事が起こったわけです。

 

逃亡犯条例の改正案提出がきっかけだった

「逃亡犯条例」と言われてもわかりにくいですね。簡単に言えば、中国本土から「犯罪者」と認定されれば、香港であろうが中国で罰することができるというものです。これでは、香港にとっては一国二制度が成り立たないと思われて当然です。

 

この改正案ができた理由は、香港のカップルが台湾で旅行中に、浮気して妊娠した彼女を彼氏が殺して、台湾で遺棄したのがきっかけでした。彼氏は香港に戻ってきた後に、殺した彼女のキャッシュカードで現金を引き落とし、それが見つかって逮捕されました。しかし、香港では窃盗罪でしか取り締まれず、台湾でないと殺人罪とならないわけです。問題は、台湾と香港の間では犯人を引き渡す法律は存在しませんでした。そこで、逃亡犯条例の改正案ができました。林鄭月娥行政長官が掲げましたが、行政長官は共産党の息がかかった人物です。

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これに対しては、ついに香港市民も爆発しました。そしてあの大規模デモが発生したわけです。まあ中国政府が「お前犯罪者な」と言えば、香港市民であろうが共産党の監視のもとで罪を償わされるわけなので、そりゃデモを起こしたくなりますよね。

史上最大200万人デモ、条例改正撤回と長官辞任要求 幹線道路は交通再開 ...

 

この後、逃亡犯条例改正案に関しては一時撤回となったと報道され、香港デモは落ち着きを見せましたが、コロナウイルスが中国全土で蔓延し、さらに全人代で採決された「国家安全法」が追い討ちをかけました。

 

国家安全法とは何か

 ここで改めて、国家安全法のポイントを見てみましょう

●決まりごと

・国家の安全に危害を与えることは禁止

中央政府が香港に出先機関を設置することが可能

●影響

・香港の言論の自由がなくなる

一国二制度の崩壊につながる

 

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政府に対するデモ活動が禁止ということです。また、出先機関という点を見ると、香港に共産党の機関が設置されれば、香港市民にとって監視社会が成り立ってしまうことになります。こうなると言論の自由どころか、基本法で掲げたことない50年の約束もわずか23年で崩壊し、一国二制度がなくなってしまうということになります。

 

実は、この国家安全法については、立法会(香港の議会)でも検討されてましたが、自由がなくなることに対して反対していた市民によって、なかなか採決まで至りませんでした。なかなか決まらない状況にイライラした中国のトップたちは、

 

 

じゃぁ、俺らで決めちゃえばいいんじゃね

 

ということで奥の手を使います。

それが「全人代」です。

 

香港基本法の18条に「中国全人代常務委員で決めたことは 、中国全土で適用可能」という恐ろしい抜け道があります。ここを利用して採決を加速化させたわけです。さらに、この採決を加速させたのは、新型コロナウイルスによりアメリカが大ダメージを受けているということでした。

 

アメリカは中国政府が嫌いです。なので、中国政府に反発する香港は、なんとしてでも守りたいところです。だからこそ、優遇措置をとってきました。ただ、守ってくれるアメリカが、今やコロナショックと黒人男性の殺害事件のデモによってトランプさんも大忙しです。この間に、どんどん加速して中国では決まりごとが進んでいきます。

 

天安門事件から31年に決まったこと


天安門事件を正当化 中国政府「道は正しかった」(20/06/04)

 天安門事件から、本日6月4日で31年が経ちます。中国政府が「道は正しかった」とのべる一方で、香港では追悼式が行われました。この追悼式は、もちろん中国政府は反対としています。香港市民にとっては、これも一つの中国への訴え、そして世界への訴えということが言えます。

 

そして、香港議会では「国歌条例案」というものが本日可決しました。これは中国の国歌に対して侮辱しちゃいけねぇよ!という条例です。これでまたデモが激しさを増しています。360人近くのデモに参加した人々が拘束されたとのことです。

 

アメリカは香港に制裁を与えると話しています。これは、国家安全法が8月頃に可決した際に、一国二制度は崩壊を迎えるということからのことです。そして、イギリスでは300万人近くの香港市民を預かりまっせー!という申し出もあるそうです。もちろん、習近平主席は反対していますし、国家安全法には「外国からの干渉もダメよ」というルールもあります。これから香港がどうなっていくのか、非常に国際情勢と共に注目がされているわけです。

www.businessinsider.jp

大学生が世界に呼びかける

香港の周庭さん(23)が世界に対し、今の香港の実情を呼びかけています。15歳で政治活動をはじめ、一度捕まっています。そして、現在も保釈の身であり、この国家安全法の件で捕まれば、長期の禁固刑になる恐れがあります。

 今、彼女は香港から海外に渡航することが禁止されています。23歳で国に監視されながら生きている。それでも、香港市民の自由を呼びかけるために、連日日本語でわかりやすく香港の実情をTwitterで呼びかけています。

 

まとめ

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ここまでニュースをまとめると、デモが起こっている背景には、監視下に置かれて自由が奪われる将来を不安視した香港市民の訴えが隠れていますね。そして、コロナウイルスがさらに世界を加速させ、今後香港市民は国際社会に対し訴えていく必要がありますが、国家安全法によって妨害をされるという境地に立たされています。さあ、ここからどうなっていくのでしょうか。

 

そして、日本は最近中国と仲良しになってきています。ここで日本は一国二制度を保とうぜ!と中国に言えるでしょうか。ここも注目になってきますね。ただ、中国は日本も狙っているという話も実際にはあります。現にすでに日本のある地域では、北京語の授業が始まってます。

 

明日は、わが身かもしれないですね。だからこそ、今からニュースを見ておくことは大事なのかもしれません。

 

◆中国の歴史、全人代をより詳しく

kinoko1629.hatenablog.com

 

kinoko1629.hatenablog.com

 

 

◆参考

 

www.historist.jp

www.youtube.com


www.youtube.com

www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラコラvol.9「ニュースの面白さ」

世界史については、現在新しい記事を準備中です。次回は、フランス絶対王政時代の音楽に入っていきますので、お楽しみに。

 

さて、僕は日経新聞のWeb会員として、電子版で新聞を普段読んでます。といっても、もともと新聞を読む人間ではありませんでした。ただ、社内で尊敬する先輩が、新聞は読んでおきなさいと指導をうけ、新聞を読むようにしています。

 

新聞を読むのが嫌な理由は「難しいから」「文章を読むのが嫌だから」ということが挙げられます。僕もそれが嫌で、YahooニュースとかTwitterで日々のニュースを見るくらいでした。ただ、新聞を見ることで、普段自分が読むことがない国際情勢などのトピックスも自然と目に入るため、つい気になって読むようになりました。それが新聞のメリットだと思います。

 

そして、ここ最近心掛けているのは、世界史の背景と紐づけて、予測を立てることを意識しています。科学でいう「考察」です。

 

「背景」「目的」「検証」「結果」「考察」を通し、「まとめ」で締めくくると、自然と自身の中で時事を落とし込むことができると最近わかってきました。

 

例えば、先日のブラブロでご紹介した全人代のニュース。新型コロナウイルスの影響で延期となってましたが、5月22日に開催されました。そこでは、国家安全法が可決されたということが大きなニュースとなりました。ブラブロで改めて取り上げますが、これほど国際情勢を揺れ動かす報道はないと驚きを隠せませんでした。

このニュースを知ると、香港の暴動がなぜ起こったか、台湾と中国の争い、アメリカが香港に制裁を与えた理由、香港の人々がイギリスに国籍を移す考え、WHOが台湾を仲間にしない理由がわかります。

 

【背景】

中国は、共産党によって成り立つ国です。これは以前のブラブロでも紹介しました。一方の香港ですが、1840年アヘン戦争を機に、イギリス領土となった香港が、1997年に中国へ返還されることとなりました。ただ、産業革命以降、めっちゃくちゃ儲かっていたので、香港は潤っていました。それが、中国に戻されるとなれば、せっかく経済も潤って幸せな生活だったのに、中国政治の下になるのは嫌だと反発も起こります。

 

そこで、中国は香港を納得させるために、とりあえず基本法をつくって、経済や発言の自由を与えるよー、50年はこれで守るから約束してね!と取り交わしを行い返還となりました。

しかし、約束がしっかりと守られず、だんだんと中国に支配されていることに気付いてきたわけです。そして、2014年にデモが起こりはじめました。そのデモが2019年に過激になったのは、台湾で香港人が人を殺したことにありました。それを中国で引き取ることもできるよーという法律を共産党は掲げて、仮に反政治運動とかしたら、中国につかまるやーん!ということで、この法案に反対したわけです。それが、香港のデモです。

 

【目的】

国家安全法の目的は、「反政府運動デモを取り締まる法律ないから、香港でちゃんと作ってよー」というところから始まりました。一国二制度という形で、政治権は香港と中国は別という考え方でした。しかし、習近平は「んーデモが激しくて作りにくいから、代わりに中国で作っちゃうね!」と香港の法律を中国で可決させてしまったわけです。これは、一国二制度の崩壊ですね。この国家安全法の目的は、反政府デモ禁止、国家分裂の阻止というところでした。

 

背景と目的だけでも、なぜ香港のデモが起きているかがわかると思います。

 

「デモこわいなー」

「警察から暴力うけて可哀想」

 

そんな簡単な話ではなく、香港の人が命がけで闘っている、もはや映画のような世界なのです。そして、実はこの裏で、日本にも目をつけているというニュースもあります。ここも今度触れていきますね。

 

新聞を見てほしいという呼びかけというよりは、新聞を読むと結構面白いよ!ということを伝えたかったのが目的です。

 

なかなか国際的な話ってつまらないし、政治的な話はタブーみたいな雰囲気が、日本は多いです。ただ、本当に映画や漫画で起こりかねないことが、現実の世界で起こっています。これを新聞を読み解くことで、理解することができます。

 

ニュースは、わかりにくく書いてると僕も思います。だから、つまらない。それを細かく紐解くと、めちゃくちゃわかりやすく、さらに面白いので、是非皆さんもやってみてください

 

それでは。

 

ブラコラvol.8「PDFってなに?」

 

久しぶりのブラコラです。日々、パソコンを販売する営業を行っていると、様々な問い合わせがやってきます。

 

「PDFってなに?」

「モニターってなに?」

「フロッピーって使える?」

wifiってよくわからない」

 

「そんな質問もあるの?」って思う人もいるかもしれませんが、稀に来ますね。日本には約430万の企業が存在し、殆どが中小企業。大企業は、1万1000社くらいです。

 

個人経営の会社では、平成初期に第一線で活躍し、独立されて代表となった方が殆ど。そのため、パソコンの使い方に乏しい方も多くいらっしゃいます。

 

ただ、そこに大きな打撃を与えたのが、今回の新型コロナウイルス。仕方なく出社する多くの方は、決済書類や郵送でのやり取りのためといった方が多く、「上司がパソコンで書類が見られないもので・・・」と悩まれる方も多く見受けられます。

 

テレワーク需要が多く、国からも助成金が出ている中ですが、いざテレワークをしようとしても、そもそもどうやるかわからず、インターネットすら繋いでいない、工事には時間がかかるし、休業するしかないといった会社も多いようです。

 

もちろん、休業や会社の運営がうまく機能しなければ売り上げも立たない。そして、社員に対して給料削減も考えなくてはなりません。社員のモチベーションは下がり、若手は退職、派遣社員を辞めさせる動きすら取らなくてはいけない環境になり得ます。

 

では、どうすれば良いのか。

 

やはり、時代に追いつくしかありません。「うちの会社は古くから培った精神があるから」という根拠のない理屈は、もう通用しないと考えていいと思います。

 

「PDFっなに?」

 

このような質問ができるのは、あと2年くらいだと思います。2025年の推定では、AIが当たり前になるので、AIと共に仕事ができなければ、簡単に辞めさせることすらできると思います。何故ならホワイトカラーの仕事はAIで十分だからです。

 

上記のような質問がくると、そこで働いている社員の方、僕と同じ年代の方々は大丈夫かなと心配になりますねぇ。

 

 

FAX中心のやり取り

CPUがCeleron

ノートがHDD

USBでデータ管理

Windows7をまだ使ってる

会議議事録が手書き

決済が判子リレー

PDFがわからない

メールソフトがフリーソフト

会社の申請が全て書類

資料庫に保管

テレワークできない

 

 

あなたの会社は

大丈夫ですか?

 

 

それでは。

 

 

 

 

【世界史】 「ブラブロ世界史 世界史と音楽」近世編ー讃美歌の誕生ー

 

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あらすじ

ゲルマン民族の大移動によりできたフランク王国教皇はバックにカール大帝をつけ、その権力を少しずつあげた。その後、イギリス、フランス、神聖ローマ帝国、イタリアに分裂。教会が儲かることで、聖職叙任権を皇帝に渡さず教皇が得ることに。教皇が皇帝の上をいく時代が続いたが、イスラム教が聖地を制圧した情報を得て、十字軍を結成し攻め込んだが、金銭に目が眩み仲間だったビザンツ帝国も制圧。この失態で教皇の権力は下がり、王権が少しずつ大きくなった。さらに十字軍が遠征に行って新たな文化に触れ始めた、ルネサンス時代の始まりだった。

 

 前回の「古代・中世編」については下記の記事よりご覧ください。

kinoko1629.hatenablog.com

今回は、「宗教改革」を中心とした内容を行っていきたいと思います。

 

 

1.芸術の発展”ルネサンス”と貴族たち

ヒューマニズムの始まり

前回のお話にもあったように、

十字軍の失態によって教皇の権威は落ち、

さらに、遠征によって様々な文化に触れました。

ここが14世紀頃のお話です。

 

15世紀になると、人間中心となる考え方に変わります。

ヒューマニズム人文主義というものです。

 

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ただ、人間らしく生きようにも、

キリストに頼ってきた1000年近くの時代を

急に変えることはできません。

 

そこで、古代ギリシア・ローマ時代の研究

この時代に進みはじめます。

 

ここで大事なことは、

決して神を否定している訳ではなく

少し開放的になろうよという点です。

 

この頃になると芸術、天文学などが開花します。

ダヴィンチや、ミケランジェロなどですね。

 

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貴族によるスポンサー

当時イタリアは商業で溢れていました。

その中には、当然金持ちの商人もいました。

いわゆる貴族たちですね。

 

特に、メディチ家フィレンツェの大富豪)が

ここでは重要な存在となってきます。

 

メディチ家は、芸術品などに対して

お金を出してスポンサー的な役割を果たしてました。

 

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 メディチ家の礼拝堂 

 

さらに教会からのサポートもありました。

この時に、ローマ教皇として

教皇レオ10世が主導となっていました。

レオ10世は、メディチ家の出身です。

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そう、神を否定できなかった理由は、

ルネサンスの背景に、教皇の存在があったため

批判などは言えなかったです。

 

このレオ10世が大きな動きをはじめます。

 

2.天国へのパスポート”贖宥状”

教会改修にお金がなくなった

宗教改革の臭いが漂い出したのは、

神聖ローマ帝国からでした。

 

神聖ローマ帝国は現在のドイツに位置します。

教皇はレオ10世でした。

 

サン=ピエトロ大聖堂という

非常に大きな教会があります。

当時、改修工事が行われることとなり、

その費用がバカ高かったため、

お金がなく、レオ10世は困り果てていました。

 

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なにか手段はないかと考えた末、

とんでもない案を思いつきます。

それが”贖宥状(免罪符)”でした

 

お前たち天国にいきたいだろ

贖宥状とは、簡単に言えば

天国へのチケットみたいなものです。

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贖宥状の販売 

 

いやいや、そんなものある訳ないでしょ。

 

当時の人は信じたんです。

だからこそ、チケットは大売れしました。

 

でも、これはバカにできません。

コロナでトイレットペーパーが無くなると

日本中が焦ってましたよね。

今となっては可笑しい話なのに、

それと同じですよ。

 

そして、このころの神聖ローマ帝国の皇帝は

そこまで権力がありませんでした

この時代は、貴族が力をつけていた時代です。

だからこそ、メディチ家出身のレオ10世には

好き勝手なことができたと考えられます。

 

3.ルターと宗教改革の始まり

贖宥状に反発したルター

この贖宥状のやり方が、神聖ローマを中心に

周辺各国に広まりました。

しかし、中には当然反発を示す勇者もいます。

その1人がマルティン・ルターでした。

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ルターは、聖書に関して勉強をしており

「そんなチケット聖書に書いてない」と

疑問と、カトリックに対して反発を示しました。

 

そこで、95箇条の論題という質疑を

教会の扉に貼り付けました。

これが宗教改革のはじまりでした。

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また、一般人にもわかりやすいように、

活版印刷という形で、ドイツ語にも記載し

掲示板に貼りました。

 

ただ、この行動にはレオ10世も黙っていません。

 

最高裁判にかけられたルター

最初は論争で終わると思っていた闘いでしたが、

ここから公開討論の場へと発展します。

 

そして、フスを認める発言をしたとして

異端な男として、1519年にレオ10世によって破門。

また、この時皇帝だったカール15世は、

宗教争いを沈めるべく、密かに行動をしていたルターを

ヴォルムス帝国議会に召喚しました。

 

いわば、最高裁判所のようなものです。

 

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そこでも自身を曲げないルターは、

ついに帝国追放を命じられます。

その後、城から抜け出しましたが、

拉致をされたという情報が流れました。

 

ドイツ語の聖書

拉致をされ、殺されたと思われていたルター

しかし、彼は生きていました。

ルターの仲間に保護をされて、

ヴァルトヴルグ城に匿われていたわけです。

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自身は、国を追い出され

 

仲間になれば、一緒に破門にされる危険もある。

その中で、危険を顧みず助けてくれたことに、

ルターはどれだけ感謝をしたでしょう。

 

そして、彼はついに農民・市民にもわかる

ドイツ語訳の聖書が完成しました。

 

この宗教改革では”予定説”を唱えた

スイスのカルヴァンも有名になります。

 

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このルターやカルヴァンのように

宗教改革によって新たに生まれた思想を

プロテスタントと呼びます。

 

4.宗教改革と音楽

まず、グレゴリオ聖歌誕生からルネサンスの間に

クラシック音楽にとって2つの変化が起きました。

 

①モノフォニー→ポリフォニー

②楽器の多様化

 

ポリフォニーは、複数の旋律を歌うことです。

楽器の多様化は、パイプオルガンがきっかけですね。

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では、宗教改革が音楽の歴史において重要なのか。

 

グレゴリオ聖歌は、もともとカトリックによって

生み出されたもの=ラテン語ですよね。

 

先ほどもお話したように、ラテン語は難しく、

神への秩序を目的としていた教会音楽も、

教会関係者でなければ歌いにくい曲でした。

そして、ポリフォニーもまた

音楽を難しくさせていた存在でした。

 

ルターは音楽にも精通しており、

いわば”セミプロ”でした。

 

聖書をラテン語からドイツ語に訳したものの、

今のように、識字力はそこまでなく、

 

「ルターさん、これどういう意味?」

 

と思う一般人も多かったと考えられます。

そこで、ルターは音楽によって

雰囲気などを理解してもらうために

自ら作曲を行いました。

それが、「神はわがやぐら」という曲です。

 


【オルガン伴奏・会衆合唱】Martin Luther "Ein feste Burg ist unser Gott" マルティン・ルター《神はわがやぐら》

 

グレゴリオ聖歌からポリフォニーの教会音楽までは

修道士や神父と行った専業の宗教者が歌い、

信者はだいたい聴く立場でした。

 

宗教改革以降、プロテスタントでは

信者たちが自ら歌い且つ祈る、

参加型の音楽スタイルに変わっていきました。

 

メロディーは基本的に歌いやすい単旋律(モノフォニー)

そこに簡単な伴奏や合唱が加わります。

これが讃美歌です。そして、讃美歌をコラールと呼びます。

 

そして、ルネサンスにおいては、

上記で記載したヒューマニズムの考え方から、

古代ギリシアの演劇を復活させる動きも生まれます。

それがオペラです。

 

このオペラにおいて、場面の雰囲気や展開を伝える

合唱隊がいます。それがコラルと呼ばれており、

これが、コラル→コラール→コーラスとなりました。

 

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 5.まとめ

・十字軍の失態、ペスト流行により教皇の権力は落ちた

ルネサンスを起点に、ヒューマニズムの考えが定着する

神聖ローマ帝国ではメディチ家が力を持っていた

メディチ家は、芸術家や研究者のスポンサーだった

教皇にはメディチ家出身のレオ10世がなった

・サンピエトロ大聖堂の改修費のために贖宥状を販売した

・聖書に載っていない贖宥状に対して反発が起きた

・ルターは、95箇条の論題を叩きつけた

・ルターは破門され、カール皇帝によって追放された

・ルターは、ラテン語の聖書をドイツ語に訳した

・聖書の雰囲気をわかりやすくするため作曲した

宗教改革によってプロテスタントが生まれた 

 

ルターが作った音楽によって、高度な技術でわかりにくかったポリフォニー且つラテン語の音楽が、ドイツ語となって讃美歌が生まれました。シンプルな単旋律に対して、バックでコーラスを作る「参加型の音楽」が生まれました。このあと、貴族の時代から、いよいよ王権の時代へと突入します。太陽王ルイ14世の登場、さらに音楽ではバロック時代へと入り、バッハやヘンデルが出てきます。私たちが知っている音楽家がこれからどんどん出てきますので、お楽しみに。次回は、絶対王政時代です。

 

それでは、また。

 

 

参考文献:

 

 

 

◯ペラスタッフとして改めて想うことと、これからの社会人アカペラについて

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ブラザーです。本日は「◯ペラオンライン」と題して、◯ペラFESTIVALの過去を振り返るYOUTUBE LIVEを行いました。この夏に開催予定だった夏ペラFESTIVAL2020が、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、中止となりました。ただ、中止というだけで終わらせるのではなく、”◯ペラとして何かできることはないか”というところからスタートしたのが、今回の企画でした。ご視聴いただいた皆さんありがとうございました。

 

また、今回見れなかったという方は、アーカイブが残っておりますので、下記のリンクより是非ご覧をいただければと思います。


20205/10 20:00~ 〇ペラオンライン

 

さて、時間にも限りがあったために、今回お話できなかった内容について書きたいと思います。この内容は、あくまでスタッフ個人としての想うところであり、改めてこのような機会なので、◯ペラスタッフに携わってきた視点からお話ができればと思います。

 

◯ペラFESTIVALについて

そもそも「◯ペラ」とは何か、簡単に記載を致します。2015年にスタートしたイベントであり、社会人アカペラバンドよる年2回開催されるアカペライベントです。当初は、冬を限定してのイベントでしたが、そこから夏や春の開催なども増え、現在8回の開催となります。所属サークル関係なしに、社会人アカペラバンドが集うイベントとして、約50〜60バンドが出演をするライブであり、1日だけの開催となるため朝から夜まで駆け巡る熱いライブとなっています。「ペラ」は「アカペラ」から取ってきており、◯には「夏・冬・春」と季節が入ります。イベントの背景には、誰でも気軽にライブができる環境作りというコンセプトがあり、開催のたびに新しい発見や出来事があるイベントとなっています。

 

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◯ペラによって変わった社会人アカペラ界隈

私がスタッフとして携わるようになった2018年頃は、まだそれほど出演者は多くありませんでした。出演するサークルも4つという頃で、この2年間で応募数も非常に増えました。先着順としていましたが、5分も経たないうちに60バンドの枠が埋まるなど、社会人アカペラバンドに取って1つの大きなイベントとなっていることを感じています。「◯ペラに出演してください」と主催者が言っていた頃から、「◯ペラに出演したい」という声に変わったことは、スタッフとしても非常に嬉しいです。そして、こうした出演者が増えることによって、横の繋がりが非常に増えたと感じています。自身のサークルだけでなく、他のサークルのバンドまで把握できる機会ということが大きいのかなと思います。こうした中で、社会人サークルの数は増えており、都内だけでなく関東各地でのサークルの数も明らかに増えていること、そして地方でも社会人アカペラサークルは増えてきていると感じます。

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◯ペラスタッフとしての想い

イベントコンセプトとしては「誰でも気軽に参加ができるイベント」と掲げていますが、どうしてもイベントの時間には限りがあるために、全てのバンドに出演していただくというのは難しいところです。それは、◯ペラに限らずどのようなイベントでも言えると思います。2019年の冬ペラからは、応募数が非常に多かったために苦渋の決断により、ご出演いただくバンドを発表させていただいております。ただ、それほど社会人がアカペラをする環境が増えてきているということです。アカペラが好きな者の一人として、このような環境になっていることは非常に嬉しく思っております。

 

これからの社会人アカペラーへの想い

これからの社会人アカペラに取って、個人的に大事になってくると感じることが2つあります。

 

①社会人と学生の垣根を超える環境作り

◯ペラは社会人イベントとして、横の繋がり(垣根)を超えたイベントとしています。

この繋がりをベースとして、社会人と学生が共にイベントを企画する環境がこれから生まれてくると面白いかなと思います。ここには、垣根の存在をなくし「社会人」「学生」という呼び方ではなく同じアカペラーとしての繋がりがあってもいいと思います。社会人にとってのメリットは、より活発な学生の方々と交流することで様々なヒントをもらえること。そして、学生の方々に取っては、”社会ってどんなところか”をインターン研修みたいな場ではなく、自然と交流できる形を取れることにあると思います。そのためには、私たち社会人が積極的に交流を行える姿勢が大事かなと思います。

 

②アカペラーに限らない、広い繋がりをもつ

新型コロナウイルスによって外出自粛の流れから、リモートによるアカペラ演奏がSNSで多く見られるようになりました。私がアカペラをはじめた10年前とは比べられないほど、便利な時代になったと実感しています。そして、今回の◯ペラオンラインのように、YOUTUBE LIVEで過去のイベントを振り返り、生配信するということもできるような環境になってきました。前に、Noteで面白い記事がありました。

 

note.com

ここに大事な要素が詰まっており、社会人アカペラーとしてもできることは多くあります。社会人アカペラサークルの特徴は、”それぞれ業種を超えた集団である”ということです。何かビジネスをしようということではなく、「アカペラと◯◯」「音楽と◯◯」といった組み合わせを考え安い環境にあると思っています。

 

私が今ブログで紹介をしている「世界史」についても、「世界史がわからない自分が、より世界史を好きになる仕組みが作れないか」という考えから「音楽と世界史」についてブログを書こうとはじめました。そして、アカペラにも繋げています。これを応用できるのが「音楽と教育」です。まだまだ具体的に大きなことがあるかと言えばわかりませんが、そのような小さなヒントが転がっていると思います。

 

kinoko1629.hatenablog.com

 

 

◯ペラのスタッフに携わってきたことで、社会人アカペラーとして幅広く活動できることに感謝をしております。これからの◯ペラがどうなっていくかについては、スタッフにて話を行っていきたいと思いますが、みなさんに楽しんでいただけるような環境作りのサポートとして、私自身行動ができればと思っています。これからも、◯ペラを支えていただけますよう、何卒よろしくお願いいたします。

 

twitter.com

 

 

【世界史】 「ブラブロ世界史 世界史と音楽」古代・中世編ー教皇の逆襲ー

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シリーズでお届けしていきます「世界史と音楽」。

 

今回は、いよいよスタートとなる”古代・中世編”となります。

 

前回の導入記事に関しては、下記に記載いたしますので、

是非こちらも読んでいただければ、全体像がわかるかと思います。

 

さあ、重々しいタイトル

教皇の逆襲」。

映画タイトルみたいですね。

勝手にこのようなタイトルをつけました。

 

左の絵、3人組が描かれていますね。

実は、この絵が大事です。

この時代を象徴している絵です。

 

この背景が、音楽史にとっても大事になります。

「音楽は、人間が楽しむなんてどうでもいい」

どうして、こんなことが言えるのか

 

ここについて触れながら世界史を学べればと思います。

では、全体像をまずは下に載せます。

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今日は、古代ギリシャから始まり、

ローマ帝国ゲルマン民族、十字軍について

触れていきましょう。

 

ただ、古代ギリシャに触れると長くなるので

ローマ帝国からのお話としたいと思います。

 

 

1.ローマ帝国の分裂とキリスト教の登場

あらすじ

古代ギリシャでは、激しい争いが

幾度となく行われていた。

最強の男アレクサンドロスを中心として、

ギリシャからインド付近まで攻め込んでいたが、

アレクサンドロスが若きして病気で亡くなる。

後継者に苦しんでいたギリシャ

その一方で、現在のイタリアでは

共和政ローマが力をつけていた。

地図で見たい方はこちら

地中海をかけた戦い!共和政ローマvsカルタゴ

ローマは、イタリアの首都ですね。

ここで、”共和政”という言葉が出てきました。

共和政とは何か。

これまで、ギリシャでは”直接民主制”によって物事を決めてきました。イメージは国民全員で物事を決めようぜ!といった感じです。しかし、小さい国であればそれは可能です。特に、人数が少ない古代ギリシャは可能でした。

 

しかし、

 

広い国では流石にこのやり方は無理なため、

政治の専門者に判断を委ねることを言います。

今の日本と同じですよね。

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そんな共和政ローマのライバルがカルタゴでした。

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このカルタゴとは、地中海を挟んで戦っていました。

その後に「ポエニ戦争」によって

共和政ローマは地中海を制することになります。

 

ちなみにカルタゴの兵士たちは、

ハンニバルを先頭とし、アルプスを像で登って

ローマを攻めたそうです笑 こんなの急にきたらヤバイ。

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ポエニ戦争(紀元前246年〜紀元前146年)

 

地中海を制した共和政ローマでしたが、

ここで貧富の差が生まれはじめ、

国の中で内乱が発生します。

 

そこで、政治のやり方を見直すために

三頭政治”をはじめました。

 

うまく行かない政治、初代皇帝誕生と五賢帝時代

 

3人に国を任せるというイメージ。 

ちなみに、この時の1人だったカエサル(シーザー)は

帝王のように強かったことから、帝王切開の語源になりました。

 

シーザーと聞くと

ワンピースのシーザークラウンが思い浮かびます。

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ただ、三頭政治もやはり上手くはいきませんでした。

1人が調子に乗ると、妬みが起こり、

そいつを殺し、

また国が荒れると三頭政治に戻し

また同じような妬みがおこる・・

 

この2回の三頭政治見直しの後に、

ようやく初代皇帝が生まれます

 

初代皇帝オクタヴィビアヌスです。

自身を尊厳者アウグストゥスと呼び

皇帝を強調せず、あくまで市民代表であるという

姿勢を貫きました。

 

そこからは、優秀な皇帝が5代続き

五賢帝(ごけんてい)時代」と呼ばれます。

僕のイメージは、嵐のように個々が優秀な感じです。

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さあ、ただやはり良いことは長く続きません。

五賢帝時代以降は、政治が上手くいきませんでした。

 

だんだん荒れてくるとどうなるか

強いものがトップに立つんですね

 

専制君主時代」と呼ばれます。

 

ただ・・・

なんか嫌じゃないですか。

あんなに五賢帝時代に輝かしかった皇帝たちが

力づくで押し倒そうとする皇帝になるのは。

 

そんな市民の声に皇帝は、どうにかまとめようと思い

私は神である」と言い出しました。

※当時の人は、神を擬人化させていたため納得します。

 

そこに現れるのが

そう、「キリスト教集団」だったわけです。

 

キリスト教集団登場

「あんたが神なわけない!!!」と言ってきますよね。

ここで一度は皇帝にねじ伏せられるキリスト教でしたが、

様々な出来事のすえ、最終的に認められます。

さらには、国の宗教(国教)にまでなりますが、

この頃に、ローマ帝国は分裂をしてしまいます。

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2.ゲルマン民族の大移動とローマ教皇

ゲルマン民族の大移動

分裂の後に、ローマを中心とした西ローマ帝国

コンスタンティノープルを中心とした

東ローマ帝国ビザンツ帝国)に分裂しました。

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ただ、分裂後は西ローマ帝国は滅びてしまいます。

 

しかし!

 

この時に、ゲルマン民族が大移動をしてきます

「え!!このタイミングにローマに着ちゃうの!」

 

ゲルマン民族は、アジアのフン族に追いやられ

ローマにやってきます。

多くが西ローマに移動し、

現在のフランスの住み心地の良さに惹かれ

 

「俺ら、ここを住処にしよう」となります。

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ゲルマン民族の大移動

 

ここでできた国の名前が、フランク王国です。

後に、フランスとなる国ですね。

 

ただ、やっぱり急に来られても

もともと住んでた人達にとっては

よそ者に過ぎなかったわけです。

 

ですが、ここで起こったのは、

キリスト教信者になるんだったらOK

ということでした

 

ゲルマン民族教皇Win-Win

これがカトリック改宗です。

ローマ教皇にとっては人が欲しいんです。

ゲルマン民族は受け入れてほしい。

つまりWin-Winの関係が成り立ちます。

ただ、教えるのが難しく最初は聖像を見せてました。

ですが、磔の像はリアル過ぎて嫌がりました。

そこで生まれたのが聖母マリアです。

優しそうな女性が男性を支える姿なら

見ていて嫌にはなりませんよね

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ただ、本来のキリスト教偶像化禁止でした。

それをビザンツ帝国が非難して喧嘩になります。

 

ここで、キリスト教が分裂し

フランク王国ローマ・カトリック

ビザンツ帝国ギリシャ正教

となります。

 

カール大帝君臨。教皇の思惑

ここで強くなっていくのがカール大帝です。

カール大帝ゲルマン民族を率いて、

フランク王国の勢力を拡大させます。

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 めちゃくちゃでかい領土をもち、

そして、ついてカール大帝西ローマ皇帝へとなります。

こうして、ビザンツとは完全に分裂となります

 

カール大帝が皇帝となることを認めたのは・・・

そう、ローマ教皇だったんです。

 

大きな領土を持つ王様を、

ローマ教皇はバックに持つことになる

キリスト教が大きく前進をするきっかけです。

 

その後、フランク王国

イギリス、フランス、神聖ローマ、イタリアに分裂します。

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3.カノッサの屈辱と十字軍

聖職叙任権と皇帝の破門

どんどんと勢力をつけていく教皇

その中で、さらに力をつけます。

教会のビジネスを行います。

教会ビジネス

①課税がない

②教会での物販

③ 農民からは税金を取れる 

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このように教会が儲かる仕組みがわかれば

他の人もやりたくなります。

そこで、帝国教会政策により皇帝による

「あなたもやってもいいよー」という人事権

聖職叙任権が行われていました。
 聖職叙任権を持てば、市民も従いますよね。

 

ところが教皇がこれを非難。

皇帝は、叙任権闘争を行いますが、

これにより皇帝は、キリスト教「破門」となります。

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破門は、ぞっとしたと思います。

後ほど書きますが、この時代にとって

神様の存在というのは偉大でした。

破門=神様から認められない

ということなので、

周りは近づかなくなるでしょう。

 

ハインリヒ4世教皇への謝罪へ向かいました。

カノッサの屈辱ーごめん、教皇

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最初の絵に戻りましょう。

この下にひざまづいているのが皇帝ハインリヒです。

 

これは、教皇に謝罪する仲介を依頼している光景です。

 

この光景の前、

教皇は、ハインリヒが激怒して近づいていると

情報を得て、カノッサの城に隠れます。

ただ、ハインリヒは謝りにきました。

教皇は、自分が捕まると思ってたので

なかなか出てきません。

ハインリヒは雪の降る門前で3日間裸足で謝罪したようです。

 

カノッサの屈辱と呼びます。

 

教皇が、皇帝の権力の上に立つ瞬間です。

 

十字軍

深くは触れません。

ただ、重要な出来事の1つではあります。

 

上記のように神聖ローマ帝国では

教皇による大きな力をつけていきます。

しかし、ここで聖地エルサレム

イスラム教により制圧された情報が入ります。

 

「聖地を奪われるのはアカン!!」

 

ここで聖地奪還に向け、遠征を行います。

これが十字軍の出来事です。

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一度は奪還できるものの、場所が遠いために

奪い返されることが起こったのです。

だんだんと目的を見失い、

商人たちが十字軍を使い始めます。

「領土がある、財宝がある・・・」

 

そして、ついに目的を見失った十字軍は

ビザンツ帝国を何故か制圧してしまいます

 

なんで同じ宗教陥落させてんねーん!

教皇もきっと思ったでしょう。

 

この十字軍のコントロール不足により、

教皇の権力は力を失っていきます。

 

この後、各地の王様による領土の奪い合いが起こり

王権の力がましていきます。

中でも大きな出来事はアナーニ事件でした。

 

ハインリヒ4世の時のように、

反発する皇帝に対し教皇が破門を命じますが、

失墜した教皇の力は、もう通用しませんでした。

そして、逆に教皇が捕まってしまう。

これがアナーニ事件です。

 

こうして、教皇の力が皇帝の下になることとなりました。

 

ただ、十字軍の遠征によって

これまで狭い視野だった人々が、新しい物に触れ

芸術が開花をしていきます。

それがルネッサンスです。この話は次回となります。

 

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4.グレゴリオ聖歌

グレゴリオ聖歌の誕生

さて、ここまでの話は、歴史的な背景でした。

重要なのは、キリスト教がどのような立ち位置だったのか

という点ですね。

 

そして、偶像の話がゲルマン民族の時に出ましたが、

このあたりから音楽としての祈りが始まりました。

 

それがグレゴリオ聖歌です。

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左の楽譜が、ネウマ譜というものです。

主に、合図や記号による表記となっています。

中世におけるキリスト教の世界観は、 

世界=宇宙とは神が作ったものであり、

そこには神の秩序が存在する 

 すごく複雑な考え方なんですけど、

要するにこのころの音楽概念は、

 

人が歌って楽しむこと、聴いて楽しむことは求めない。

神の世界を表現することが目的だ

ということなんですね。

ハルモニア・ムンディー=世界調和」と言います。

 

当時の人々にとって、神という存在がいかに偉大だったか

このことからもわかってくると思います。

 

楽器を使わない。ア・カペラの存在

日本であれば、古代歌謡でも

笛や打楽器が付いてますね。

ギリシア神話でもハープが登場します。

 

ただ、グレゴリオ聖歌の考え方では、

楽器は排除すべきという考えでした。

 

カノッサの屈辱を思い出してください。

教皇が皇帝よりも力をつけてましたよね。

見えない神の存在は、人間に似姿させたことで

より人が祈りを捧げられます。

 

音楽的に考えれば「神の音楽」という存在は、

実際に聞くことができないけど、

それに近しい人間の声を用いた音楽であれば

神の世界を表現できると考えられました。

 

だからこそ、楽器ではなく

神との距離が近い人間の声を楽器としたわけです

 

つまり、アカペラで歌われていました。

acappllaはイタリア語です。

そして、カペラは御堂(チャペル)ですね。

アカペラの起源はここにあるわけです

 

音楽的にどうだったのか

①順次進行

「順次進行」となっています。

かえるの歌のように「ドレミファソラシド」と

隣り合う音へ移動する流れです。

これにより、滑らかなゆったりとした音楽

となっています。

 

②モノフォニー

単旋律を全員で歌うのが最初です。

言葉はラテン語です。

また、独特なリズムとなっています。

そして、調に関してはこの頃からすでに存在してました。

 

③リズム

拍という感じがなく、独特なリズムです。

また終わった感じがないのは、

終止感が弱いからと考えられます。

 

実際にグレゴリオ聖歌を聞くとわかります。


グレゴリオ聖歌: 賛美歌「誠実な十字架」[ナクソス・クラシック・キュレーション #癒し]

 

5.まとめ

共和政ローマにおいてポエニ戦争により勢力が拡大

ゲルマン民族の大移動でキリスト教は拡大した

 →フランク王国の誕生と繋がる

カール大帝が力をつけ、その王権を教皇が任命した

神聖ローマ帝国となり教会事業が儲かっていた

・聖職叙任権を巡りハインリヒ4世教皇と対立

 →ハインリヒが謝罪:カノッサの屈辱

 →教皇の力が皇帝よりも上になりました

・十字軍による失態によって教皇の権力は下がった

グレゴリオ聖歌は神への秩序の音楽

 →アカペラの起源となった音楽となりました

 めちゃくちゃ長くなりましたが、この内容が今後の音楽史にとって非常に重要な内容となってきます。キリスト教は、最初は認められなかった立場から、ゲルマン民族によって勢力を拡大させることができ、カール大帝へ王権を与える存在となりました。そして、カノッサの屈辱によって、皇帝よりも上の立場になる”教皇の逆襲”とも言わんばかりの立場となりました。しかし、十字軍の失態によって、また教皇の権力は下がってしまいます。

 

ただ、”神の偉大な存在”というのは変わってません。そして”教会は儲かる”という点をうまく利用する人物たちが登場していきます。歴史は、ルネサンスへと突入していきます。

 

続きは、第2回「ブラブロ世界史 世界史と音楽ー近代編」にて公開をします。